2016/05/01

strawberry talk... #59


Takayuki Hiranuma - fs ollie

鵠沼にある”プロショップ・カスタム”のオーナーでもあり、
(日本一マニアックなパーツが揃うというウワサ)
国内で唯一のトラックブランド”カスタムトラック”の製作者でもあり、
実は各地のスケートバーク設計に携わっていたり、

モノづくり職人気質なこの人の登場です♪



■名前
 平沼 孝之


■生年月日
 1968.9.2

■出身地

 横浜

■ホームスポット
 鵠沼
 
スケート歴
 35〜6年

■当時の湘南スケートシーンはどんな感じだった?
本格的に始めた頃(12才くらい)は、ストリートが競技になってなかったから、フリースタイルをやってた。
ホントはランプ(バート)をやりたかったんだけど、始めた頃に茅ヶ崎、横浜とスケートパークが無くなって、平らな所しか無かったので...
それでも、それなりに楽しかったかな。同級生でも5〜6人フリースタイルをやってて、競い合ってたからね。
その後、ストリートスケートが本格的に競技?になって来て、自然と大きなデッキで滑るようになり、バートやフリースタイルのトリックを取り入れた技なんかも確立されて来た頃には、同学年が一人減り二人減りと、気づいたら一番年上になっちゃてた。 1世代下にジゾウ達の年代がいて、ホームスポットの太陽の広場はジャンプランプで毎週盛り上がっていた。 90年にサーフ90という大きなイベントがあり、海岸線の改修工事で、太陽の広場が無くなるまで、鵠沼、茅ヶ崎、鎌倉エリアのスケーター達で賑わっていた。東京からも沢山のスケーターが来てたな。

■憧れのスケーター
 ベタだけど、クリスチャン ホソイ
 尊敬するのは、スティーブ キャバレロ

■スケートしてて良かったこと
 どうなんだろう?たぶん良かった事が多いと思う。仕事にしてるしね。
 友達は増えたかな(全国に)

■スケーター以外の顔があれば
 最近はウクレレ職人

■イチオシの人物
 う〜ん 今は、コレだ!ってのがいないな。

■生まれ変わったら何になりたい?
 なにになりたいというか、ちゃんと勉強して、キャンパスライフってヤツを味わってみたい。

■最近くやしかったこと
 本業のトラックの生産が上手くいってないこと。かな。

■大好きなトリック
 バーティカルでバックサイドエアー

■この際だから言いたいこと言っちゃいます♪
言いたい事は山ほどあるはずなのに、書こうと思うと出てこないな...世の流れに文句言ってもしょうがないしね。
なんとなく続けて来たスケートボードで、ある程度の夢は叶えて来たかな〜と思っている。
若い頃にはデモやってギャラもらって、なんちゃってプロの経験もしたし、スケート業界(イベント業、輸入卸業)で働いて生活出来たし、ほぼ日本全国を旅して廻ったし、独立して自分のブランド興したり、店出したりと、若い頃に夢見ていた事は大体やったのかな。
金持ちにはなれてないけど、充実した人生だったと思う。
だからカッコつけじゃなくて、何時死んでも良いと思っている。
逆に、無駄に長生きした時の老後が不安。
よく『好きな事を仕事に出来ていいですね』なんて言われるけど、その時はイヤ〜好きな事で喰うのも大変ですよ。なんて言うけど、腹の中では、オマエもやればイイじゃん!って思っている。(最後に毒吐いた)